『このまま 占い続けると 病気に なるよ…』
占い仲間から言われた言葉…
へへん・・私に限ってある訳ないワサ…
   そう思う反面 ちょっとヤバイかも…とも感じていたある日…
目を醒ますとパラノイヤに襲われた。
いわゆる『パニック障害』だ。
今までに 犯してきた悪事へのバチかっ!?誰かの呪いか!?
   ・・・いや そうじゃない これは病気だ!

以前から 繊細な私は(笑)、不眠症だった。
不眠症 言うてもいつかは寝るやろ〜〜
 と36時間起きていたりしたが、何かと不便だったので、
眠剤などをもらうのに、精神科に行っていた。
なので その病院に行くことに…
しかし、あまりのパニックに一人では いられない。
     旦那さんの運転で なんとか 病院へ…
あれこれ薬を貰う。
ともかく「怖い」 何が怖いのかわからないが「怖い」
自分の気が狂うような…
   発狂するような気がする…
     このまま心臓がドキドキして発作でも起こして死ぬかもとか…
理由は わからないが「怖い」
そして「怖い!怖い!怖い!」と泣き叫ばずにはいられない。
まさに それこそが狂気だった。

頭の中では 絶えず何かがチカチカしている、
わけのわからない耳鳴りのすごいのがする。
パニック発作を起こさない時は 常に不安を引きずっていた。
発作は容赦なく、前ぶれもなく襲って来る。
すると「怖い!怖い!」が 始まる…   発作は20〜30分 続いて 治まる。
そして、また パニック発作が起こる。
   その時 私は思った。
   『壊れた…壊れてしまった…私自身の事なのに 私の手には負えない…』

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

病院からもらった薬はそうそう効かない…
 パニック発作は起こり続ける・・・まいった・・・
病院に行き薬を変えて貰ったり 量を増やしたりする。
ほぼ毎日のように病院に行く。 ・・・・旦那さんは会社にも行ってられない。
結局 起きていると パニック発作が起こるので 1日の大半を眠らされる事に…
   つまり眠剤で寝て、起きたらまた眠剤を飲んで眠る…の繰り返し。 
       朝も昼も夜もない…。
しかし そうオモワク通り寝られるわけもなく、
大量の眠剤と抗不安剤を飲むことになる。

・・となると、血圧も下がる。ただでさえ血圧が低いので フラフラだ〜
起き上がれない。座っているか 寝ているとか…そんな感じ。
ふいに立ち上がったりしたら 「おえ〜っ」となっちゃう。
実はこの頃の記憶は曖昧で、覚えているようで覚えていなかったりする。
 ただ頭の中がチカチカしていた事とうるさい耳鳴り、やたらに頭の中は
覚醒している感覚。
  いくら薬を飲んでもボーッとする事の無い頭。そんな感じ・・・

しかし、しばらくして、やってきたのは、『予期不安』だ。
   そう『パニック障害』には付きものの『予期不安』
      パニック発作を起こさなくても「なるんちゃうか…」と
『予期不安』が付きまとう。
            ・・・・これがまた厄介なのだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

曖昧だった恐怖の対象が 意味が有るのか無いのか
いくつかの具体的な事になってきた。
    『広場恐怖』だ。
広場と言っても広場が怖いわけじゃあない。agoraphobia 
英語のをagoraを日本語に訳しただけだ。
言えば、「ある条件の空間」って トコロかなぁ・・・
まぁ 大体のパニックの場合「広場」と言う言葉とは裏腹に
「閉所」がキライだったりする
もちろん私も…
エレベーター、電車、バス、車(私の場合、旦那さん運転の場合は大丈夫だった)
       もちろん飛行機なんてアウトッ!である。
   その他 地下も苦手で 地下駐車場もダメ!
         ともかく「閉じ込められるっ!感」がダメだ!
エレベーターなんて見るだけで怖かった。
 だから テレビも見られない。
   平和なドラマでもエレベーターや電車が映ると もう それだけで怖い。
  心臓が意味なくドキドキして 冷や汗がでて 血の気が引いて 手足が震える…
 そして頭の中はチカチカして
黒いモヤモヤした「恐怖」が近付いて来る。
・・・・もう 自分ではどうしようもない。
「エレベーター」とか言葉を聞くだけでもダメなので、
     ただ ひたすら静かな刺激のない部屋で過ごすしかなかった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

   そもそも『パニック』に陥ったのは20歳の頃、
   ふとした悪ふざけから「パニック」になった。
 その後何度か「フラッシュバック」をおこしたので精神科に行くも
   当時は『パニック障害』などと言う名前もなく 曖昧なものであった。
 しかし その後は大した事もなく イギリスに行ったりもしたのサ。
(もちろん飛行機で)

  それから数年がたち じわじわ〜と『パニック障害』は頭をもたげて来た。
    何度か軽いパニックに襲われる。
 その頃だったなぁ 新聞で『パニック障害』と言う言葉を知ったのは…。

    ある時 電車に乗るも 途中で電車が止まった。
   「人身事故のため…」だそうだが いつ動き出すのかもわからない。
    ・・・・ヤバイ…私はパニックに陥った。
 隣の見知らぬおばちゃんに話しかけ携帯を握りしめ 冷や汗をかき
心臓はドキドキ 血の気は引く。
    あぁ もうダメだ!(って何がダメなんだかわからないが…)
    と 思った時、電車は動いた。
    …それ以来電車に乗れなくなった。
    今までは 止まったっても「ふーん」と過ごしていたのに…
    ・・・何がどうなったんだろう…

 次は車だ。 電車に乗れないとなると 移動手段は車しかない。
 しかし、これもまた 雪の日 大渋滞に巻き込まれ身動き出来なくなり
またもや「パニック」に陥った。
 人の迷惑かえりみず 脇道に抜けて なんとかなったが もうその道は通れない。
 外出しない訳にはいかないので 地図を片手に(ナビはないのよ〜)
 遠回りしてでも混まない道を走る事に…
    何とも行動の範囲の狭まる事だ(とほほ)
  しかし それでも 普通の生活は送れていたし、仕事だってこなしていた。

 ・・そう・・・あの とてつもない「パニック」に襲われるまでは…

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

大きな「パニック」が治まってからは、「予期不安」のため、
身動きが取れなくなった。
薬で眠るといっても、ずっと寝ているわけにはいかず
やっぱり、1日何時間かは起きている。
厄介な事に、私は、一人でいることが出来なくなった。
理由は「怖い」から・・・しかし、何が怖いかわからない・・・ただ「怖い」
しいて言えば、「パニックになるのが怖い」って感じだな・・・

だから、朝に私の実の父が家に来て、一緒に過ごし、
夕方、早めに、旦那さんが帰宅! バトンタッチである。
何をする訳ではない。ただ、私が一人でいられないので
一緒にいるだけなんだけど・・・
父も旦那さんも、ただ、一緒にいるだけけで、何も出来ない。
 テレビも見られない、ラジオだって、外出もダメ。
ともかく、じっと一緒にいるだけ。
(まったく、迷惑な話である・・・)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

あまりにひどい時は、なんでもないのに
玄関から何者かが、包丁とか持って襲ってくるのでは・・・とか
いってらっしゃい っと送った我が子が事故にあって 
これが最後の別れになるかも・・・とか
旦那さんが、「親父狩り」とかに遭って、大怪我するんじゃないか・・・とか
果てしない妄想に取り付かれた時もあった。
 本気で入院もすすめられたし、考えた。

しかし、少しずつ病気は治った。
そう、病気だから治る。
今は、完治と言うのは、どうかわからないが、
「パニック」も「予期不安」も起こってない。
  もう起こる気もしない。
もちろん、一人で居られるし、(イヤ、一人の方が本来好きだし・・・)
電車も大丈夫、例え、止まっても・・・
(5時間 缶詰とかは、カンベンして欲しいとは思うけど・・)
車も渋滞だって大丈夫、ちょっとトイレに行きたくなったら辛いけどなぁ〜
はははっ
あんだけ、怖かったエレベータだって乗り放題!!(楽やからなぁ)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

あの頃の私に会った人の感想は・・・
 「もう、戻って来ないと思った」そうである・・・(なんてことを・・・)
いや、当の本人がそう、思っていた。「この病気は一生治らないんだ!」って。
 でも、治った。・・・と言うか、少なくとも、その病気を苦にせず生きてる。


『アナタ 占い師ムイテナイアルヨ・・カラダ コワスネ!』
・・・っと、最近も中国人の手相占い師に言われた・・・
 もう、壊した後やし・・・多分、大丈夫と思うよ〜〜
  まぁ、また、壊したら、治すよ。イヤ、治らなくても良い、
そのままを受け入れて生きてくyo〜〜

・・・と、ちゃらんぽらんな、ひな子は出来上がったのだった・・・。

 

※病気の間、いろいろな形で支えてくれた家族や友人には、
心より感謝しています。ありがとね。





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